第2章 子狐の想い
あれは、お利口狐こと「テイルス・”マルティ―”・パウアー」である僕が生まれて少し経った日の事である。
僕には双子の兄がいた。名前は…お互いに一歳にもなっていなかったから分からない。当然顔も覚えていない…
なんでこんなに家族の事を知らないかというと、僕たちはこの日に両親から捨てられたからなんだ。親が泣く泣く僕らを手放したのか、あるいは特に何の責任もなく捨てたのか、それさえも分からない。
一つだけ覚えてることがあるとしたら、冷たい雨が降る夜の日だったということだ。そして、二人でひ弱にブルブル震えていた。だが、兄はとうとうウサギの家族に拾われていった。僕は独りぼっちになった。
夜も深まり、ますます雨が強く打ちつけた。それに誘われるように、僕はどんどん衰弱していった。
そんな時、僕のからだに温かさがはしった。
誰かが…僕を抱いている…それは現実であった。僕も、やっと拾われた…
僕はあれ以来ずっと「オスカーおじいちゃん」に育てられた。おじいちゃんは何でも知っていて、駒回しが上手で、正に憧れの存在だった。
おじいちゃんはよくここ、「よろずや」で色んな駒を回してくれた。そして僕に回し方を教えてくれた。人は殆ど訪問してこなかったけど、二人で遊んでいたから、よろずやは温かみが充満していた。
僕が一番気に入っている駒は、木材ベースで青と赤のラインが入ったどこにでもある駒だ。でも、この駒はそこらそんじゃの駒と少し違う。これはオスカーおじいちゃんの手作りなんだ。とても繊細に作られていて、どんな駒よりもよく回る。今でもお守り代わりに身に着けてる。
おじいちゃんは僕によくこんな事を言い聞かせた。
「人に必要なものは愛情と勇気と努力だよ。誇れる事があまりなかったとしても、この3つを持っている事は自分にとって大きな強みになり、力になる。いくら偉い地位についたとしても、これらを持っている人には絶対に勝てないんだ。これらを持っている人たちには本当の意味で花開く時が来るんだ。 だから、どんな事があっても、マルティ―、君は挫けてはいけないよ。おじいちゃんはね、いつか世界中に自分の駒を知ってもらいたいんだよ。だからおじいちゃんはこれから100歳になっても諦めない。マルティ―もいつかは生き甲斐ってものが見つかると思う。そうしたら、この事を思い出して自分のやり方で生きて行っておくれ。」
こうして僕の8年間は過ぎて行った。
そして今年の春、おじいちゃんの持病が発症し、容態が急変した。
僕は、今までで一番の恐怖をおじいちゃんのベットの前で感じていた。おじいちゃんは死んでしまうの?死んでしまったら、僕は独りぼっちなの?おじいちゃんが死んでしまったら、僕は何にすがって生きればいいのか。親もいない8歳の子狐にはあまりにも重すぎる運命だ。そんな自問自答を毎日絶え間なく繰り返していた。
そんなある日、おじいちゃんが痩せた口を開いた。
「お前は体は小さくても優しくて心が広い子だよ。それを忘れないでいておくれ。」
「そんなこと言ったって…おじいちゃんが死んじゃったら、僕はどうすればいいのか分からないよっ!おじいちゃん、お願いだから行かないで!」
僕は感情を抑えられずに一気におじいちゃんのベットに泣き崩れた。外はあの日と同じ、冷たい雨が降っていた。おじいちゃんはベットに泣き崩れる僕の頭を温かい手で撫でながらこう言った。
「いいかい、マルティ―。人には寿命ってものがあって、その制約の中で生きていかなきゃいけないんだよ。そして、その中でどれだけ人生を充実させられるか。それが人の生きる目的になるんだ。だからね、おじいちゃんはその期限がもうすぐ尽きようとしているけど、自分ではいい人生だったなと思えているからそれでいいんだよ。でもマルティ―は違う。これは人生の始まりに過ぎない。これから何十年もある。だから何があってもすべてのことを乗り越えていかなきゃいけない。それを乗り越えたとき、きっと人生に光が見えて来る。おじいちゃんの言葉を信じて生きてくれるかい?」
僕はしっかりとおじいちゃんの顔を見て静かに頷いた。外はますます荒れてきた。
さらに、おじいちゃんはさっきよりも弱弱しい声で続けた。
「もうそろそろ、天から迎えがくるみたいだよ…ここでお別れだね…わしの可愛い孫息子よ…」
僕はさらに…さらに…もっと激しく唸った。
「いやだっ!おじいちゃんにはまだ時間が残ってるよっ!もっと僕と生きてよ…」
おじいちゃんの目に涙が浮かんだのが見えた。人の運命とはいかに残虐なものか。それを身をもって嫌というほど感じた、この雨の日。そして、この苦しい日々におじいちゃんのこの言葉を以って終止符が打たれた。
「そんなにおじいちゃんのことを想ってくれているんだね…それに甘えて一つ頼み事をしてもいいかい?」
「何?」
「わしの代わりに、世界中の人々にわしの駒を広めてほしい…それだけ…だよ…」
ピー――――――
それ以降、心電図モニターの脈拍は、ずっと「0」を指していた…
おじいちゃんの手も、氷のようにあっという間に冷たくなっていった…
それでも、僕の心に、おじいちゃんの言葉はまだ生きている…
僕の心はほっこり温かくなっていた…自分の涙がこんなに温かいと感じたのは初めてのことだった…
僕の中で、希望が混沌を押しのけた…僕は一つの大きな壁を乗り越えたんだ。僕には優しさがある。希望がある。そしておじいちゃんの言葉がある。もう怖い物なんてない。前を向くんだ。脚を高く上げて、走り出すんだ!胸を張り上げるんだ!
気づけば、どんより黒い雲の合間から朝日がこぼれていた。
おじいちゃんの顔には笑顔が浮かんでいた。それを照らす暖かな眩い朝日。
僕は涙を拭い、お気に入りの駒を握りしめた。僕の顔にも笑顔が溢れた…
そして明日への一歩を踏み出した…
お疲れ様です!
2000字強のブログにさぞかし疲れたことでしょう。やっぱりこの回想は何度想像してもいいなあ。一度、こんなほっこりする文を書いてみたかったんですよね。
次回はいよいよシャドウ君の登場です!そのうちシルバーなども登場させるのでファン必見です!つってもこの文章力でよければという話ですけどね(笑)